「あら。上手くいったみたいね、彼。」
バレンタインの夜、ゾロとたしぎがレストラン
「オールブルー」を出た頃のこと。
隣りのバイク屋「フランキーハウス」のデスクで
本を読んでいたロビンが顔を上げる。
「ん?誰がどうしたって?」
作業場で整備をしていたフランキーが立ち上がる。
ロビンに示された方を見ると、ゾロが彼女と何やら話していた。
「おぉ!青春だなぁ。」
店のガラス張りの入口から、隠れるように覗いているが、
外から丸見えだ。
「ふふふ、夫婦だって、青春できるわよ。」
ロビンは、意味ありげに微笑む。
「なんだ?」
ポカンとした顔で、ロビンを見るフランキーの口に
何か放りこまれた。
「今日はバレンタインでしょ。」
もぐもぐとチョコを食べているフランキーが
何も言わないうちに、ロビンがチュッと口づける。
口を動かしながら、フランキーの顔が赤くなった。
「もっと欲しい?」
無言で頷く。
「さぁ、お店じゃ外から見えちゃうから、奥でね。」
チョコを食べるのに、見えたらまずいんだろうか。
そんな顔をしてるフランキーに構うことなく、
ロビンは、ささっと、店の明かりを消すと、フランキーの腕を取って、
店の奥へと消えていった。
*****
「どうやら、上手く渡せたようですよ。」
「子供は、覗いちゃダメだよ。ビビちゃん。」
「子供じゃ、ありません!」
ぷっと膨れて、反論するビビをサンジは手を休めずに、
からかう。
まったく、あのボケが。
どうなることかと、ハラハラしながら様子を伺っていたが、
どうやら上手くいったようだ。
マキノさんから、さりげない包装で渡せるような花束にしたと
聞いていたから、たぶん大丈夫だろうとは思っていたが。
食い気先行で、ムードもありゃしねぇ。
俺がたしぎさんのコーヒーにチョコを添えなきゃ、
あいつ、きっと照れて渡さなかっただろうに。
嫉妬は、恋のスパイスって言うからな。世話が妬ける。
でも、たしぎさんが幸せそうな顔を見れただけでも
良しとするかぁ。
「サンジさんは、好きな人とかいないんですか?」
ビビに話かけられるまで、自分が笑っていたことに気づかなかった。
「え?俺?もっちろん、ビビちゃんでしょ、隣りのロビンちゃんでしょ、
花屋のマキノさん、そして。」
「じゃなくて、本命!心から好きな人!」
ビビに遮られ、ちょっと天井を見上げる。
「世の中の全ての女の人だよ!俺は。」
自信に満ちた笑顔をビビに向けた。
「サンジさん、皆んなに優しいから、女の人は勘違いしちゃいますよ。
今日だって、こんなにチョコもらって。」
ビビの視線の先には、今日お客さんから貰ったチョコが積んであった。
「何言ってんの、全部本気だよ!さあ〜〜って、
どんなお礼がいいかなぁ〜〜。」
上手くはぐらかされたようだ。
「じゃあ、もうチョコなんて、いらないですよね。」
ビビが心配そうに差し出したのは、小さなチョコの包みだった。
「そんなことないよっ!ビビちゃん、ありがとう!嬉しいなぁ。」
サンジに言われ、えへへと、照れて笑う姿が可憐だ。
「お礼、何がいいか考えておいて。何でもしてあげちゃうから。」
ニコッと笑うサンジは、どこまでも優しい。
それが、少しだけ物足りない。
そんなこと思う女の人はいるのかしら。
ビビは少しだけ考えた。
「おっ、もう帰る時間だ。お迎えも来てるよ。」
ドアの向こう側に、手持無沙汰でたたずんでいる男が見える。
「え?」
ビビがその姿を確認すると、少し照れたように言い訳をする。
「もう、心配しなくていいって言ってるのに。」
「いいね、彼氏、優しいじゃん。」
「そんなんじゃ、ありません。ただの幼馴染みです。」
否定しながらも、帰り支度を始める。
「お疲れさま。」
サンジは、ビビが帰るのを見送る。
手にしたバッグには、きっとあの男の子へのチョコレートが
入っているんだろう。
「いいね。どこもかしこも青春だね。」
オーナーと交代して、裏口で新しい煙草の封を切る。
ふぅ〜〜〜っと、大きく煙を吐き出すと、
見上げる空に星が瞬いていた。
「俺の女神さまは、今、いづこに・・・」
まだ巡り会えぬその姿を、煙の中に想い描くサンジだった。
*****
バタンとドアが開いて、勢いよく入ってくる長身の女性。
「もう、終わったの?」
尋ねた相手は、椅子に深く腰掛けたまま、煙草をくゆらせている。
「ああ・・・」
ぐるりと椅子ごと振り返ったのは、疲れた顔をしたスモーカー。
「何?煮詰まってるの?」
「いや、書き終えた。」
尋ねたのはヒナ。年下だが、この大学では先輩になる。
ここ暫く、赴任一年目の講師スモーカーは論文を書いていた。
その最中、部屋を訪れては、言いたい放題に意見をいっては帰っていく。
最初は、うるさいだけだと思っていたが、結局出来上がってみれば、
よく練られた、いいものになった。
悔しいけれど、感謝している。
「そう、お疲れ様。」
論文の完成を喜ぶでもなく、協力をひけらかす訳でもなく
そっけなく応える。
すたすたと窓際に近づくとスモーカーに聞かずに、窓を開けていく。
夜の冷気が、よどんでいた部屋の空気を一掃する。
窓辺に寄りかかり、空気が澄んだところで、自分の煙草を取り出して
火をつける。
「自分の部屋で、吸えよ。」
「あら、今じゃ喫煙スペース以外禁煙なのよ。ここぐらいだわ、吸えるの。」
ここだって禁煙なんだよ、と思いつつスモーカーも新しい煙草に火をつける。
まったく、とんだ不良講師が赴任したものだわ。
ヒナが微笑む。
「ふふ、なんだか、高校生が隠れて煙草吸ってるみたい。」
「あ?高校生っていう歳かよ。堂々としたもんだ。」
「悪かったわね。」
言葉とは裏腹に、クスリッとヒナが笑う。
それを見て、スモーカーもニヤリと笑って応えた。
ふと入口脇のテーブルの上に大層な数のプレゼントが見えた。
「なあに?学生達から?随分とモテるのね。」
スモーカーはチョコの山をチラッと目をやると
小さく息を吐く。
「もの珍しかったんだろ。俺は、甘いもん嫌いなんだよ。」
「あら、そうなの?じゃ、これも要らないかしら。」
ヒナは、ジャケットのポケットから小さい箱を取り出した。
「いいわ、自分で食べるから。」
スモーカーの返事も待たずに、リボンを解く。
ふぅん、さすが、あそこのお店だけあるわ。ん、美味し。
その様子を、スモーカーは目を細めて眺めている。
こっちの方が、よっぽど高校生らしいぜ。
ゆっくり立ち上がると、煙草を灰皿に置いた。
窓際に近づく。
「俺にも食わせろ。」
「甘いの嫌いなんでしょ。駄目よ、もう私食べちゃったもの。」
ヒナは、そっけなく顔を背ける。
「んじゃあ、これを味見するしかねぇな。」
スモーカーは、困ったように眉間にシワをよせると、
ヒナの頬を大きな両手で包みこんだ。
「ん!な、なにするのよ。」
「俺のチョコなんだろ。」
ゆっくりと近づくスモーカーの顔を
見ていられなくなって、ヒナは思わず目をつぶった。
濡れた舌が、唇の輪郭をなぞるように辿っていく。
ゆっくりと味わうような口づけだった。
ようやく離れたスモーカーの顔を
まともに見ることができなくて、
手にした煙草を口に戻した。
「飯、行くか。」
スモーカーが帰り支度を始める。
「ちょ、ちょっと、まだ行くなんて言ってないわよ。」
ヒナの抗議を無視して、ドアの前に立つと、
「行くぞ。」と顎で合図する。
ヒナは、バタバタと窓を閉めると、煙草をもみ消した。
「荷物取ってくるから、5分後、出口で。」
小走りに、自分の部屋に戻る為、部屋をでたヒナを見送り、
バタンとドアを閉めた。
ドサッ。
部屋の中で、貰ったチョコの山が崩れる音がした。
〈完〉
甘いの続きで、たまには強気のスモさんで。(^^)
まだ、付き合ってないんですよ、彼ら。一応。